Thursday, March 01, 2007

NHKの「受信料義務化」で本当は何も変わらない?

NHK受信料の支払い義務化を巡る議論が迷走している。NHKを監督する総務省は,受信料を義務化する法案を作ったが,今国会に提出するかどうか微妙になってきた。総務省は法案提出の条件として,NHKに受信料の引き下げを約束させたい。これに対して,NHKは受信料の値下げを前提とする義務化には後ろ向きだからだ。

受信料の義務化によって,現在3割にも上る受信料の未払い世帯が支払いに転じ,徴収率が本当に高まるのであれば,NHKにとり値下げもやぶさかではない。しかし義務化しても,それによって急に受信料の徴収率が改善することはないだろう,というのがNHKの判断である。義務化の効果が怪しいのに,値下げなど約束できないというわけだ。
 この義務化を巡って識者や視聴者などの間で,賛成や反対の議論が活発に繰り広げられている。が,そもそも義務化といっても,視聴者にとって今と何かが劇的に変わるのかと問われれば,答は「ノー」だ。

言葉が独り歩きする

説明しよう。現在の「放送法」には,「テレビを設置した人はNHKと受信契約を交わさなければならない」という「受信契約の義務」の規定がある。この放送法の規定を見直して,「テレビを設置した人は,NHKに受信料を支払わなければならない」というように「支払いの義務」に変更しようというのが,今回の法案の主な改正点である。またテレビを設置した人が,NHKにそのことを通知しなければならない「通告の義務」という規定も加わる。さらに,不正に支払いを免れたり,支払いが遅れた人に対する「割増金制度」や「延滞金制度」が放送法に盛り込まれることになっている。

ただ,実はこれらの規定はすでに存在する。テレビを持つ人が放送法で義務付けられているNHKとの契約に,すでに含まれているのだ。NHKと視聴者の契約関係を記した「放送受信規約」を見ると,「支払いの義務」「通告の義務」「割増金制度」「延滞金制度」が全部書いてある。「受信料の義務化」といっても,この規定が放送受信規約から放送法に移るだけなのである。

では受信料の支払いを義務化する法案が成立して何が変わるのかというと,二点しかない。一つは,放送法と放送受信規約の二段構えの仕組みが放送法に一本化されて視聴者に分かりやすくなるということ。もう一つは,すでに実施している不払い者に対する受信料の支払い督促などの法的手続が,簡略化されるということだ。

法改正によって,受信料を払っていないと罰則が科せられるようになったり,誰かが家に上がり込んでテレビを隠し持っていないか確認したりする,といった受信料徴収の強制力が著しく高まるということは決してないのである。「受信料の義務化」という言葉から,何かNHKが今より強い権限を使って受信料を徴収するようになるという印象を抱くのであれば,それは間違いである。NHK自身も,「受信料を義務化しても,徴収率が急に高まるわけはない」と冷静に見ているくらいだ。

NHKのネット進出の衝撃

むしろ視聴者にとって,もっとインパクトのある法律の見直しが,今国会で予定されている。それはNHKによる本格的なインターネット進出を認めるための法改正である。

現在,NHKが法的に認められている業務は,基本的に公共放送だけである。総務省は,これでは通信と放送の融合時代にマッチしないということで,NHKの業務に関する規定を見直そうとしている。NHKが,インターネットを通じて番組を配信して収入を得られるようにする,というのだ。法律が見直されれば,NHKは1本いくらといった形で,番組をインターネットで売ることができる。今国会での法案成立を経て,NHKは2008年に本格的にインターネット進出を果たすことになる。

2008年からの本格的なインターネット進出を控え,NHKは放送済みの番組の出演者などと交渉して,インターネットで流すための許可を得る方針である。さらに,NHKの制作部門は,これから新しく作る番組について,事前にインターネット配信の許可を出演者などから得て番組作りに取りかかることにしている。2008年以降,インターネットで見られるNHKの番組が増えていきそうだ。

NHKの取り組みにより,テレビ番組をインターネットで見るという視聴スタイルが定着すれば,「テレビのネット化」の動きが民放にも波及するかもしれない。民法は人気番組をなかなかインターネットで公開しようとしないのだが,テレビ番組の見方が変われば,より積極的に取り組まざるを得なくなるはず。“何も変わらない”受信料の義務化に比べたら,NHKによるインターネット進出のインパクトは決して小さくない。 (吉野 次郎=日経ニューメディア)  [2007/03/02]

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