Tuesday, May 08, 2007

首相と靖国 もう「参拝せず」と明言しては

毎日新聞 2007年5月9日 0時11分

安倍晋三首相が4月21~23日の靖国神社春季例大祭に「内閣総理大臣」名で「真榊(まさかき)」と呼ばれる供え物を奉納していたことが明らかになった。首相は奉納費として私費で5万円を納めたという。現職首相の奉納は中曽根康弘首相以来のことだ。

今回の一件で分かった一番のポイントは何か。安倍首相は自身の靖国参拝について「行くか、行かないか、行ったかどうかも明言しない」という戦略をとっている。だが、供え物の奉納がそうであったように、仮に首相が極秘に参拝したとしても秘密を保持し続けられるものではなく、いずれは公になるということではなかろうか。つまり、首相の「あいまい戦略」は現実にはなかなか通用しないということだ。

今度の奉納は靖国神社側の打診を受けたものだという。安倍首相は自身の参拝を見送る代わりに供え物をし、神社側や首相の靖国参拝を求める勢力に配慮したと見ることもできる。ただ、もしそうだとしても、その趣旨を首相が説明すれば、参拝しない意思を明確にすることになり、参拝支持派の反発を招く恐れがある。一方、中国などの反応を考慮すれば「奉納もしたし、参拝もする」とも言えない。今回の件に関しても首相はだんまりを決め込むのはそのためだろう。

裏を返せば、あいまい戦略は結果的に首相の行動を縛り、内外への説明の機会も奪っているのである。それは多くの人たちには中途半端で姑息(こそく)な対応と映るだろうし、首相の本意でもあるまい。

私たちは首相が就任直後、持論を抑制し、日中、日韓首脳会談を再開させた点を高く評価した。しかし、両国との間にある氷はまだ解け切ってはいない。今回の奉納は温家宝・中国首相の訪日直後である。首相が何も説明をしないと、中国、韓国に再び疑心暗鬼ばかりが募る可能性も否定できない。

従軍慰安婦問題を思い出そう。安倍首相は、旧日本軍の関与を認めた河野(洋平官房長官=当時)談話の見直し論に、いったんはくみするような姿勢を見せながら、日米間がぎくしゃくすると一転、火消しに回った。その経験は首相にも反省として残っているはずだ。中途半端な対応はかえって話をこじらせるだけだ。この際、「参拝しない」と明言するのが最も分かりやすいのではなかろうか。

靖国問題は依然、決着がついていないことも改めて指摘しておく。外交関係だけでない。参拝のみならず、首相の肩書での奉納は憲法の政教分離の原則に照らして問題はないのか。明確な結論が出ているわけではない。折しも日本遺族会は靖国神社に祭られているA級戦犯分祀(ぶんし)などの検討を始めた。A級戦犯合祀に対し、昭和天皇が不快感を示したという証言・資料が昨年来相次ぎ、遺族会にも分祀容認論が広がっているという。

いい機会だ。政界も忘れ去ったようになっている新たな国立追悼施設建設などについて、議論を再スタートさせるべきである。

No comments: