Tuesday, July 03, 2007

NHK

政治介入は本当になかったのか NHK番組改変事件判決シンポジウムの報告

1月29日午前。東京高裁前では勝訴を喜ぶ喝采の声が上がった。太平洋戦争下での従軍慰安婦問題などをテーマとしたNHK番組改変をめぐり「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク(以下バウネット・ジャパン)が原告となり、NHKの番組不当改変の責任を追及した裁判の2審で原告側主張が大幅に認容された。6年間にわたる闘いだった。これを受け、メディアの判決報道のあり方を討議する緊急集会が25日、東京・四ツ谷で開かれた。「政治介入は認定されなかった」との大手メディアの報道は判決内容を忠実に伝えたのであろうか。討議の内容を報告する。(佐藤あゆみ) 

NHKは「戦争をどう裁くか」とのETVシリーズの第2回「問われる戦時性暴力」で女性国際戦犯法廷に関する番組を01年1月30日に放送した。しかし、「戦犯法廷が歪曲されるなど当初の企画内容と番組の内容が異なる」として、法廷開催者のバウネット・ジャパンが、NHK,NHKエンタープライズ21(NEP21)、ドキュメンタリージャパン(DJ)を相手取り損害賠償訴訟を提起した。 
 
05年1月12日、朝日新聞は当時の官房副長官安倍晋三、中川昭一の両議員の番組への政治介入疑惑報道を行った。今回の2審判決は、NHKの番組制作・放送について「編集権限を濫用または逸脱した」「番組編集の自由裁量の範囲内との主張は到底で認容できない」とし、3社にバウネットへの計200万円の賠償支払いを命じた。 
 
シンポジュウム冒頭、原告のバウネット・ジャパンの東海林路得子共同代表は「メディアのあり方、民主度を問う上で重要な裁判となった」と総括。「加害の事実の立証、加害を裁くことで、元慰安婦らの尊厳を取り戻すのがこの訴訟の意義だった。基本的人権に関わる問題の報道放棄は、編集の自由を乱用した国家権力へのすり寄り」と糾弾し、今回の番組改変問題がいかにメディアの危機を招いたかを訴えた。 
 
報道が伝えなかったこと 
メディアの危機を訴える市民ネットワーク・メキキネットの板垣竜太氏は「判決を聞いた時、胸が躍った」と喜びを語った。しかし、判決当日のNHK、テレビ朝日、TBSなどのニュース映像を解析した結果、「胸を躍らせた部分が伝えられていなかった。むしろかなり歪められていた」と批判した。 
 
安倍首相の「政治家の不介入が、判決で明示された」との発言を各社が繰り返し引用したことに対し、同氏は「判決文を読めば、圧力を否定できない事実が認定されている」と指摘。各社が政治介入がなかったかのように報道した根拠として判決文の一部のみを誇張していることを挙げた。 
 
同氏は判決文の「原告らは政治家が本件番組に対して直接指示し介入したと主張するが、取材された際、政治家が…本件番組に関して具体的な示唆をしたとまでは認めるに足りない」との部分が1人歩きしているためとしている。しかし、「安倍氏が慰安婦問題に関する持論を展開、放送前に番組内の発言部分を政治団体が把握していた、NHK国会担当局長が1月29日に番組改変の指示を出している」ことなどを挙げ、政治圧力の存在は否定できないと強調した。また「海外メディアは昭和天皇の戦争責任と番組と結びつけているが、日本のメディアは従軍慰安婦問題とのみしてやんわりと紹介している。女性国際戦犯法廷に関する報道も削られている」と海外報道との落差も指摘した。 
 
原告団代理人の飯田正剛弁護士も「日本語の読解力があれば、政治圧力を否定する読み方はできない」と批判。多くのマスコミの「政治圧力はなかった」との報道を「誤報だ」と断定した。「判決文の一文だけを部分的に読んでマスコミが政治圧力がなかったと報道した。全体を読めば、間接的な圧力はあったと読める点をマスコミがこぞって無視していることは、判決全文を読めばわかる」と強調した。 
 
何がNHKを萎縮させたのか 
バウネット・ジャパンの西野共同代表は、NHKでの番組改変は過去にも同様の例が145件はあったと指摘。その例として、毎日新聞の西山太吉元記者の沖縄密約をめぐるスクープが最終的に女性書記官とのスキャンダル問題とされてしまったこと、03年の5月11日に放送予定だったイラク戦争をイラク側の視点から取り上げようとしたクローズアップ現代が、放送5日前に諸星理事により放映停止命令を受けたこと━などを挙げた。 
 
「なぜこのようなことが起きたかという原因と背景を見なければならない。安倍氏が視聴率の高くないこの番組に、そして慰安婦問題になぜ注目したのかを考えなければならない」と述べた。そして「国際法廷を肯定する表現、慰安婦に対する日本政府と日本軍の組織的な関与とその後の政府の対応や責任、慰安婦の存在をできるだけ消した」と糾弾。 
 
また、番組の内容改変は「慰安婦問題に否定的な政治家の、歴史事実を封殺しようとする政治圧力だ」と批判した。「今のテレビは慰安婦、戦争責任、フェミニズムをタブー扱いしている。戦争、加害の記録をめぐり報道現場に自粛がはびこっている。NHK番組改変の背後にあるメディアに萎縮効果を与えているものに注目すべきだ」と警鐘を鳴らした。 
 
現代の「白虹事件」 
ジャーナリストの斎藤貴男氏は、今回の番組改変問題を1918年の寺内内閣を批判した朝日新聞が、権力に潰された白虹事件になぞらえ、このままだと歴史の繰り返しになりかけないと懸念した。「広島・長崎といった被害の歴史だけでなく、バブルの後半から90年代にかけて加害責任が一般的に広まり、それが河野談話、村山談話につながっていった」とする一方、同時に不況、リストラの状況下で、加害責任なんて言っている場合じゃないという流れが広がった。米国と同盟して戦争加担していこうとする時に、加害責任で目覚められてもらっては困る」との政府の思惑の延長線上に番組改変問題が起きたと指摘した。 
 
さらに、「戦後、日本の対米追随の見返りとして米国市場が開放された。自衛隊は直接戦闘はしなかったが、日本企業が戦争でもうけていたことには変わりはなかった。このため政府は、目に見える形で加害責任を訴える力が国民に浸透していくのをおそれている」と語った。 
 
「期待権」と「編集の自由」 
一審判決では、NHKの番組改変が「編集の自由の範囲内」と認定された。今回の判決では、NHKに対し「編集権限を逸脱」したとし、「NHKの経営者だけでなく、デスク、部長、直接取材した記者、それぞれに編集権があるとされた」と小玉美意子武蔵大学社会学部教授は評価。さらに、「NHKは政治介入があったことをいさぎよく認めるべきだった」と求め、NHKの政治介入の否定が、政治家らに「自分たちは干渉していない」と言わせる要因になり、それがさらに視聴者を裏切る結果となっているとした。 
 
立正大学文学部講師の桂敬一氏は「完全な編集権の行使というのは、真実を伝える時にさまざまな協力者があってこそ成り立つものだ。協力者の位置付けを明確にしたことに今回の判決の意義がある。編集権は本来、国民の知る権利への奉仕に由来するもので、企業幹部の恣意に委ねられるものではないことが示された」と述べた。さらに、本田雅和、高田誠両記者による番組改変報道、長井睦プロデューサーの内部告発、その後の魚住昭氏の報道、永田浩三チーフ・プロデューサーの内部告発らによって、今回の判決がもたらされたとしている。 
 
大沼和子弁護士は、NHKが「編集のやり直しを繰り返したことを隠すために編集の自由を使った」と批判。本来の「編集の自由」とは、知る権利と報道の自由の根幹に関わる一番尊重されるべきものだとしている。今回の判決では「取材の対象者がそのような期待を抱くのもやむを得ない特段の事情が認められるときは、番組制作者の編集の自由もそれに応じて一定の制約を受け、取材対象者の番組内容に対する期待と信頼が保護される」とした。 
 
そして、このケースでは「特段の事情あり」とされ、「期待権」が侵害されたことが認められた。また、「特段の事情があるときに限り、これを説明する法的な義務を負うと解するのが相当である」と「特段の事情」を認めた上で、NHKが説明義務を怠ったことについて不作為行為を認めた。 
 
判決で「期待権が侵害」されたことが、報道を萎縮させるのではないかという各メディアの論調について、板垣氏は「どのメディアも、不思議なほど『萎縮』という言葉を使っている」としながら、次のように指摘した。すなわち、「取材対象者と実際に番組を作ってきた制作現場、そして政治家と幹部、この2つに分けて考える必要がある」「松尾総局長ら実際に制作現場には関与しない人間が、政治家の意図を忖度し現場に関わり、その結果、制作現場の方針を離れた形で編集されたために、『編集権の濫用、又は逸脱』という判決に至った」「期待権と編集の自由を単純に天秤にかけているわけではない」。桂氏はこうした「期待権」「特段の事情」というのは曖昧だと指摘し、「期待権に対して行使するよりも、実質的な損害を与えたことにたいして補償すべきであった」としている。 
 
メディアの責任 
今回のシンポジウムには、当事者である元DJディレクターの坂上香氏も参加。DJは編集の途中で、番組を降りる希望を述べたものの、その権利は全く認められなかった。坂上さんは、「DJも被害者」としつつ、逸脱した制作過程を見過ごせず、「被告側でありながら原告側に立つことは当然の決断だった」と胸のうちを明かした。さらに、「ヒエラルキーの最低辺にいて、番組を降りる権利がないにしても、自分たちが作った番組が非常に影響力があるということを感じた」と語った。 
 
そしてマスメディア関係者に向け、「メディア関係者には、トップであれ末端であれ、どんな立場の人も、放送が多くの人の思いを砕き、傷つけ、存在を『消す』ことさえできるということを念頭に置き、重大な責任を負っていることを認識してほしい」と訴えた。 

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