Tuesday, January 30, 2007

番組改変、NHKに賠償命令、東京高裁

従軍慰安婦問題の特集番組に改変があったとして、取材に協力した市民団体「『戦争と女性への暴力』日本ネットワーク」(バウネット)がNHKと制作会社二社に計四千万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が二十九日、東京高裁であった。南敏文裁判長は制作会社一社に百万円の賠償を命じた一審東京地裁判決を変更、NHKと制作会社二社に計二百万円の支払いを命じた。南裁判長は「NHKは制作会社を排除し、担当者の制作方針を離れてまで、国会議員などの意図を忖度(そんたく)して当たり障りないように番組を改変した」と指摘した。NHKは即日、上告した。

■NHK即日上告
南裁判長は判決の中で「憲法で保障された編集権限の乱用で、自主性、独立性を内容とする編集権を自ら放棄したに等しい」とNHK側の編集姿勢を厳しく批判した。判決はまず、「取材経過などに特別な事情がある場合、番組編集も一定の制約を受け、取材対象者の番組内容に対する期待と信頼は法的に保護される」と一般論を示した。

NHK側が番組を改変した経緯に照らし、「周到な取材と市民団体側の協力を考慮すると、(番組の柱となった)『女性国際戦犯法廷』の過程を客観的に概観できる内容になるとの期待を抱いたという特別な事情がある」とした上で、「実際は改変されて期待と信頼を侵害する内容になった」と賠償責任を認めた理由を述べた。番組改変については、「放送当日には、放送総局長が元慰安婦の証言シーンなどの削除を指示した」として、NHK上層部の主導で行われた経緯を認めた。

また南裁判長は、「番組が事前の説明とかけ離れた内容になるとの説明を受けていれば、市民団体側は番組からの離脱や善処を申し入れることもできた」とNHKの説明義務違反も認定した。控訴審では、市民団体側が、安倍晋三首相(当時は官房副長官)らの名前を挙げて「政治家が番組に対し、直接指示をして介入した」と主張。政治家の関与も焦点となったが、南裁判長は「NHK側との面談の際、政治家が一般論として述べた以上に、番組に関して具体的な話や示唆をしたとまでは認められない」と番組への直接の関与は認めなかった。

<メモ>NHK番組改変問題 
NHK教育テレビは2001年1月30日、シリーズ「戦争をどう裁くか」の2回目として、従軍慰安婦問題をめぐる「女性国際戦犯法廷」を取り上げた「問われる戦時性暴力」を放送したが、取材に協力した市民団体は同年7月、内容が当初の説明と大きく異なり、番組は改変されたとしてNHKなどに損害賠償を求めて提訴。朝日新聞は05年1月「政治的圧力で改変」と報道した。政治家とNHKは否定し、朝日新聞が設置した「NHK報道委員会」は同年9月「政治家がNHK幹部を呼んだ」と報じた部分について「取材が十分だったといえない」との見解を示した。

■NHK広報局の話 
判決は番組編集の自由を極度に制約するもので、到底受け入れられない。NHKは放送直前まで、放送法の趣旨にのっとり、政治的に公平であることや、意見が対立している問題について、できるだけ多くの論点を明らかにするため、公正な立場で編集を行った。裁判所の判断は不当で承服できない。(東京新聞2007年1月30日)

番組改編訴訟、NHKの賠償責任も認める…東京高裁

NHK教育テレビが放送した戦争特集番組を巡り、制作に協力した民間団体などが「放送直前、当初の説明とは違う趣旨に内容を変更された」として、NHKと下請け制作会社2社に損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が29日、東京高裁であった。

南敏文裁判長は、「NHKは国会議員などの『番組作りは公平・中立であるように』との発言を必要以上に重く受け止め、その意図を忖度(そんたく)し、当たり障りのないように番組を改編した」と認定し、民間団体側の期待と信頼を侵害したとして、NHKと制作会社2社に計200万円の賠償を命じる判決を言い渡した。NHKは即日上告した。

一方、この番組に関して朝日新聞が2005年1月、「政治介入で内容が改変された」などと報道したことから、控訴審では政治的圧力の有無が争点となったが、判決は「(政治家が)番組に関して具体的な話や示唆をしたとまでは認められない」と介入を否定した。

1審・東京地裁はNHKの賠償責任を認めず、下請け会社1社にだけ100万円の賠償を命じていた。問題となったのは、NHKが01年1月に放送した番組「問われる戦時性暴力」。判決によると、NHKの下請け会社は、民間団体「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク(バウネット)が開催した「女性国際戦犯法廷」を取材する際、「法廷の様子をありのまま伝える番組になる」と説明して協力を受けた。

しかしNHKは放送前に編集作業を繰り返し、「法廷」が国や昭和天皇を「有罪」とした個所などを省いて放送した。判決は、放送事業者の「編集の自由」について、「取材対象者から不当に制限されてはならない」とする一方、ドキュメンタリー番組や教養番組については「取材経過などから一定の制約を受ける場合もある」と指摘。その上で、「NHKは次々と番組を改編し、バウネットの期待とかけ離れた番組となったのに改編内容の説明も怠った」と、NHK側の責任を認めた。(読売新聞2007年1月30日)

[NHK番組訴訟]「報道現場への影響が懸念される」

メディアが委縮してしまわないか心配だ。東京地裁に続いて東京高裁が示した報道への「期待権」という新しい考え方に、戸惑わざるを得ない。いわゆる従軍慰安婦問題を扱ったNHKの番組を巡る訴訟の控訴審判決のことだ。題材となった「女性国際戦犯法廷」を主催し、取材に協力した民間団体が「事前説明と異なる内容に番組が変更された」として、NHKなどに損害賠償を求めていた。

民間団体側は「法廷」のすべてを紹介する番組になると思っていたが、実際には、昭和天皇に責任があるとした「判決」部分などが削除された。このため、裁判では、取材を受けた側の番組内容に対する「期待」が、法的な権利として認められるかどうかが争われた。

これに対し、東京高裁は1審と同様、「取材を受けた側がそうした期待を抱くのもやむを得ない特段の事情があるときは、番組制作者の編集の自由も一定の制約を受ける」との判断を示し、NHKに賠償を命じたのである。高裁が「編集の自由」を軽く考えているわけではない。「編集の自由は取材の自由、報道の自由の帰結として、憲法上最も尊重される権利」で「不当に制限されてはならない」としている。また、「期待権」との関係を考えるうえで、ニュース番組を、今回のようなドキュメンタリー番組や教養番組とは区別したりもしている。

ただ、懸念されるのは、編集の自由の制約に関する司法判断が拡大解釈されて、独り歩きしないかということだ。報道の現場では、番組や記事が取材相手の意に沿わないものになることは、しばしばある。ドキュメンタリー番組や新聞の連載企画などでも、より良質なものにしようと、編集幹部が手を入れたり、削ったりするのは通常の作業手順だ。

「編集権」の中の当然の行為だが、それすら、「期待権」を侵害するものとして否定されるのだろうか。2審では「期待権」の範囲がNHK本体にまで拡大された。そのため、報道機関全体に新たな義務が課せられる恐れが強まった。この訴訟では、もう一つの焦点があった。番組制作に政治家の“圧力”があったのかどうかだ。朝日新聞が繰り返し介入を報じ、NHKが否定したことで、大きな論争に発展していた。

これについて、今回の判決は「政治家らが具体的な話や示唆をしたとは認められない」との見方を明確に示した。NHKは判決を不服として、即座に上告した。「期待権」について、最高裁はどう考えるのだろうか。(読売新聞2007年1月30日)

首相「政治介入ないこと明確に」 中川氏「私は被害者」

安倍首相は29日、東京高裁がNHKに賠償を命じる判決を出したことについて、首相官邸で記者団に対し、「この判決ではっきりしたんじゃないですか。政治家が介入していないことが、極めて明確になったと思います」と強調した。また「番組放送前に政治家が番組担当者と会うことは適切か」との質問には「向こう(NHK)側が会いたいと言って来て、それで最初から会う、会わないなんていうことは言えないじゃないですか」と語った。

さらに首相は「当然、報道の自由という観点から、政治家は常にそのことを頭に入れておかなければいけないと思います。しかし私が(NHKに)圧力をかけたということについて、間違ったことを間違ったと認めるのが、私は報道機関ではないかなと思います」と述べた。首相が官房副長官当時に「放送前日にNHK幹部を呼んで内容の偏りを指摘した」などとした朝日新聞の報道を批判したものだ。

自民党の中川昭一政調会長は29日、判決について、「あの番組やあの(女性国際戦犯法廷の)活動自体には、興味は全くない」としたうえで、「あたかも私が番組に圧力をかけたかのように朝日新聞などから非難され、私は証拠をもって『放送前にNHK関係者とは一切会っていない。従って、話し合いも圧力のかけようもない』と(主張してきた)。これははっきりしてもらわないと」と語った。国会内で、記者団の質問に答えた。中川氏はさらに、「朝日新聞は依然として我々の面会要求に応えておらず、うやむやにされているのは大変心外だ。私は事実無根の報道で、大変迷惑している被害者だ」と強調した。(朝日新聞2007年01月30日)

NHK番組改変訴訟 判決理由の要旨

東京高裁が「NHK番組改変訴訟」控訴審で29日、言い渡した判決理由の要旨は次の通り。

【国会議員等との接触等】01年1月25~26日ころ、担当者らは自民党の複数の国会議員を訪れた際、女性法廷を特集した番組を作るという話を聞いたがどうなっているのかという質問を受け、その説明をするようにとの示唆を与えられた。26日ごろ、NHKの担当部長が安倍官房副長官(当時)と面談の約束を取り付け、29日、松尾武放送総局長らが面会。安倍氏は、いわゆる従軍慰安婦問題について持論を展開した後、NHKが求められている公正中立の立場で報道すべきではないかと指摘した。

【バウネットなどの本件番組についての期待と信頼】一般に、放送事業者が番組を制作して放送する場合、取材で得られた素材を編集して番組を制作する編集の自由は取材の自由、報道の自由の帰結としても憲法上も保障されなければならない。これが放送法3条の趣旨にも沿うところで、取材過程を通じて取材対象者が何らかの期待を抱いても、それによって番組の編集、制作が不当に制限されてはならない。

他方、取材対象者が取材に応ずるか否かは自由な意思に委ねられ、取材結果がどのように編集・使用されるかは、取材に応ずるか否かの決定の要因となり得る。特にニュース番組とは異なり、本件のようなドキュメンタリー番組または教養番組では、取材対象となった事実がどの範囲でどのように取り上げられるか、取材対象者の意見や活動がどのように反映されるかは取材される者の重大関心事だ。番組制作者の編集の自由と、取材対象者の自己決定権の関係は、取材者と取材対象者の関係を全体的に考慮して、取材者の言動などにより取材対象者が期待を抱くのもやむを得ない特段の事情が認められるときは、編集の自由も一定の制約を受け、取材対象者の番組内容に対する期待と信頼が法的に保護されるべきだ。

ドキュメンタリージャパン(DJ)の担当者の提案票の写しを交付して説明した行為、バウネットの協力などにかんがみれば、バウネット側が、番組は女性法廷を中心的に紹介し、法廷の冒頭から判決までを概観できるドキュメンタリー番組かそれに準ずるような内容となるとの期待と信頼を抱いたと認められる。

【バウネット側の期待と信頼に対する侵害行為】放送された番組は加害兵士の証言、判決の説明などが削除されたため、女性法廷の主催者、趣旨などを認識できず、素材として扱われているにすぎないと認められ、ドキュメンタリー番組などとは相当乖離(かいり)している。バウネット側の期待と信頼に反するものだった。01年1月24日の段階の番組内容は、バウネット側の期待と信頼を維持するものとなっていた。

しかし、同月26日に普段番組制作に立ち会うことが予想されていない松尾総局長、野島直樹国会担当局長が立ち会って試写が行われ、その意見が反映された形で1回目の修正がされたこと、番組放送当日になって松尾総局長から3分に相当する部分の削除が指示され40分版の番組を完成されたことなどを考慮すると、同月26日以降、番組は制作に携わる者の制作方針を離れた形で編集されていったと認められる。

そのような経緯をたどった理由を検討する。本件番組に対して、番組放送前にもかかわらず、右翼団体などからの抗議など多方面からの関心が寄せられてNHKとしては敏感になっていた。折しもNHKの予算につき国会での承認を得るために各方面への説明を必要とする時期と重なり、NHKの予算担当者や幹部は神経をとがらせていたところ、番組が予算編成などに影響を与えることがないようにしたいとの思惑から、説明のために松尾総局長や野島局長が国会議員などとの接触を図った。その際、相手方から番組作りは公正・中立であるようにとの発言がなされたというもので、時期や発言内容に照らすと松尾総局長らが相手方の発言を必要以上に重く受けとめ、その意図を忖度(そんたく)してできるだけ当たり障りのないような番組にすることを考えて試写に臨み、直接指示、修正を繰り返して改編が行われたものと認められる。

なお、原告らは政治家などが番組に対して指示をし介入したと主張するが、面談の際、政治家が一般論として述べた以上に番組に関して具体的な話や示唆をしたことまでは、証人らの証言によっても認めるに足りない。バウネット側は、中川昭一議員が事前にNHKに対し放送中止を求めたと主張し、同議員はフジテレビ番組でアナウンサーの質問に対し、放送法に基づき公正に行うべきことをNHKに申し入れたと発言するなど、事前のNHK担当者との接触をうかがわせる発言をしている。しかし、同議員はこのインタビューでは01年2月2日に会ったことを明言しており、同議員が番組放送前にNHK担当者に番組について意見を述べたことを認めることは困難だ。

【説明義務違反】放送番組の制作者や取材者は、番組内容や変更などについて説明する旨の約束があるなど特段の事情があるときに限り、説明する法的な義務を負う。本件では、NHKは憲法で保障された編集の権限を乱用または逸脱して変更を行ったもので、自主性、独立性を内容とする編集権を自ら放棄したものに等しく、原告らに対する説明義務を認めてもNHKの報道の自由を侵害したことにはならない。

バウネットには番組の内容について期待と信頼が生じた。被告らはそのことを認識していたのだから、特段の事情がある。番組改編の結果、当初の説明とは相当かけ離れた内容となった。バウネットはこの点の説明を受けていれば、被告らに対し番組から離脱することや善処を申し入れたり、ほかの報道機関などに実情を説明して対抗的な報道を求めたりすることができた。

◇朝日新聞はNHK番組改変問題の報道で「改変」と表記していますが、判決理由要旨では判決文の表記に従って「改編」を使用しました。(朝日新聞2007年01月30日)

「NHKが番組改変」 200万円賠償命じる 東京高裁

旧日本軍による性暴力をめぐるNHKの番組が放送直前に改変されたとして、取材を受けた市民団体がNHKなどに総額4000万円の賠償を求めた訴訟の控訴審判決が29日、東京高裁であった。南敏文裁判長は「制作に携わる者の方針を離れて、国会議員などの発言を必要以上に重く受け止め、その意図を忖度(そんたく)し、当たり障りのないよう番組を改変した」と指摘。「憲法で保障された編集の権限を乱用または逸脱した」と述べ、NHKに200万円の支払いを命じた。NHK側は同日、上告した。

判決は、そのうち100万円について下請け制作の「NHKエンタープライズ21」(当時)と孫請けで取材にあたった「ドキュメンタリージャパン」(DJ)にも賠償責任があるとした。NHKに編集の自由を認め、DJのみに100万円の賠償支払いを命じた一審・東京地裁判決を変更。NHKにも改変行為と、その内容を説明する義務を怠ったことに不法行為責任があると認めた。


訴えていたのは「『戦争と女性への暴力』日本ネットワーク」(バウネットジャパン)。旧日本軍の性暴力を民間人が裁く「女性国際戦犯法廷」を00年12月に共催した。NHK教育テレビで01年1月30日に放送された「ETV2001 問われる戦時性暴力」が「法廷」を取り上げた。訴訟では、取材を受ける側に番組内容に対する「期待権」が認められるかどうかが大きな争点だった。南裁判長はまず、「取材者の言動などにより期待を抱くやむを得ない特段の事情がある場合、編集の自由は一定の制約を受け、取材対象者の番組内容に対する期待と信頼は法的保護に値する」と、一審判決と同様の一般判断を示した。その上で、DJが本来は取材対象者には示さない「番組提案票」を示した点などを重視。提案票には「女性国際戦犯法廷の過程をつぶさに追い、戦時性暴力が世界の専門家によってどのように裁かれるのかを見届ける」などと記載されていたことから、バウネット側が、「法廷」をつぶさに追うドキュメンタリー番組になると期待してもやむを得ない特段の事情があったと認めた。

さらに、判決は、01年1月26日に松尾武・放送総局長(当時)と野島直樹・総合企画室担当局長(同)が立ち会った試写後の内容変更について、「当初の趣旨とそぐわない意図からなされた編集行為で、原告の期待と信頼を侵害した」と違法性を認めた。

また、放送直前の同月29日に松尾氏らと面会した安倍晋三官房副長官(当時)が「公正・中立の立場で報道すべきではないか」と発言したことなどを受け、「その意図を忖度して指示、修正が繰り返された」とした。ただ、政治家が直接に指示や介入したとの原告側の主張については、「政治家が一般論として述べた以上に本件番組に関して具体的な話や示唆をしたことまでは、認めるに足りる証拠はない」とした。

NHK広報局の話 判決は不当であり、極めて遺憾だ。番組趣旨の説明やその後の取材活動を通じて、相手側に番組内容に対する期待権が生じるとしたが、番組編集の自由を極度に制約するもので、到底受け入れられない。また、判決は、政治的圧力は認められなかったとしているが、NHKが編集の権限を乱用・逸脱した、国会議員等の意図を忖度して編集したと一方的に断じている。NHKは放送の直前まで、放送法の趣旨にのっとり、政治的に公平であることや、意見が対立している問題についてできるだけ多くの論点を明らかにするために、公正な立場で編集を行ったもので、裁判所の判断は不当であり、到底承服することはできない。

〈キーワード:期待権〉将来、一定の法律上の利益を受けられることを希望したり期待したりできる権利。侵害すれば不法行為となるが、どの程度法的保護の対象になるかは、期待権の内容や事案による。医療過誤訴訟では、患者が期待した適切な治療を怠った場合に「救命期待権」の侵害が認められ得る。再雇用の期待を抱かせる説明をした雇用主が契約更新をしなかった際、「更新期待権」を侵害したとして賠償を命じられた例もある。(朝日新聞2007年01月30日)

表現の自由への危うさはらむ「期待権」 NHK訴訟判決

「期待権」という耳慣れない権利が、29日のNHK訴訟の控訴審判決で認められた。「特段の事情が認められるときは取材対象者の期待と信頼は法的に保護される」と。表現の自由を制限しかねない期待権が、取材のあり方や制作現場へ影響を与えるのかどうか。

期待権を条件つきで認めた判決の評価は、原告と被告で対照的だ。被告側のNHKは「番組編集の自由を極度に制約する」、NHKエンタープライズは「表現の自由を制約する」、ドキュメンタリージャパンも「取材の自由を脅かす」と批判した。一方、原告側の飯田正剛弁護士は「取材行為に法が入り込むのは確かに危なっかしい」と認めた。しかし、「期待権が認められる『特段の事情』について、バランスをとって要件を述べている。期待権を政治家や官僚らが悪用できない形で法的救済が図られてよかった」と高く評価した。

マスコミ問題に詳しい識者らは、「メディアが萎縮(いしゅく)する必要はない」という姿勢で一致する。右崎正博・独協大法科大学院教授(憲法)は「期待権を認めたのは妥当」ととらえる。「メディアは、当初伝えた趣旨に変更があった場合には取材相手に知らせ、再取材するなどの対応が求められていることを認識すべきだ」。ただ、「取材対象が政治家などの公人の場合は免責される部分も多いだろうし、取材相手の期待が過度な場合もある。個別に判断すべきだ」と述べた。

また、元NHKプロデューサーの津田正夫・立命館大教授(市民メディア論)は「市民感覚から言えば、期待権は当然ある」と冷静に受け止める。「普通の市民は政治家やジャーナリストと違って公に発言する機会は少ないので、取材される側として説明を求めたり内容に期待したりするのは当然の防衛策だ。だからといって期待権がいつでも発生するとなると、政治家などに悪用される恐れもある」と危険な側面も指摘した。

川上和久・明治学院大教授(政治心理学)も、今回期待権が認められたのは、公共放送だからこそ取材する素材には慎重になるべきだ、と裁判所が警鐘を鳴らした特殊なケース、とみる。「疑惑について取材を受けた企業などから、『自分たちの言い分通りに編集しろ』と言われるような問題に波及してしまうと、言論の自由を脅かす恐れがある」と話した。(朝日新聞2007年01月30日)

NHK 裁かれた政治への弱さ

NHKは国会議員らの意図を忖度(そんたく)し、当たり障りのないように番組を改変した。旧日本軍の慰安婦をめぐるNHK教育テレビの番組について、東京高裁はこう指摘した。そのうえで、判決はNHK側に対し、取材に協力した市民団体へ慰謝料200万円を支払うよう命じた。

NHKは放送の直前に番組を大幅に変えたことを認めながらも、「あくまで自主的に編集した」と主張していた。その主張は通らなかった。 政治家の意向をおしはかって番組を変えるというのでは、自立したジャーナリズムとはとても言えない。NHKは上告したが、高裁の判断は重い。

裁判になっていたのは6年前に放送された番組で、慰安婦問題を裁く市民団体の「民衆法廷」を取り上げたものだ。ところが、兵士の証言や判決の説明が削られた。このため、市民団体側は事前の説明と異なる番組になったとして訴えた。 一審の東京地裁は被告のうち、孫請けの制作会社の責任だけを認めた。控訴審に入って、NHKと政治家との関係が大きな争点になった。NHK幹部が放送前に自民党衆院議員らと会い、その後、番組が改変された。そうNHKの担当デスクが内部告発をしたからだ。

東京高裁は次のように認定した。NHK幹部はこの番組がNHK予算案の審議に影響を与えないようにしたいと考え、国会議員らに会った。その際、「番組作りは公正・中立に」と言われた。NHK幹部はその発言を必要以上に重く受け止め、番組に手を加えた。NHK幹部は番組への強い批判を感じ取ったのだろう。NHKは予算案の承認権を国会に握られている。それが番組改変の動機になったと思われる。自立した編集は報道機関の生命線だ。政治家への抵抗力を持たなければ、公共放送もその使命を果たせない。この問題は朝日新聞が05年1月に取り上げ、政治家の発言が圧力となって番組が変わった、と報じた。今回の判決は政治家の介入までは認めるに至らなかったが、NHKの政治的な配慮を厳しく批判したものだ。

朝日新聞の報道に対しては、政治家とNHKから事実関係について反論があった。これを受けて検証を重ねた朝日新聞は一昨年秋、記事の根幹部分は変わらないとしたうえで、不確実な情報が含まれてしまったことを認め、社長が「深く反省する」と表明していた。取材される側が報道に抱く期待権と編集の自由との関係について判決が指摘したことにも注目したい。判決は編集の自由の大切さを指摘したうえで、政治家の意図をおしはかった今回のケースは「編集権を自ら放棄したものに等しい」と述べ、期待権の侵害を認めた。編集の自由や報道の自由は民主主義社会の基本だ。取材される側の期待権の拡大解釈を避けるためにも、メディア側の権力からの自立が求められる。(朝日新聞2007年1月30日)

NHK改革

全国紙の社説が出揃ったので見てみよう。
by http://mit56.way-nifty.com/dawn/2005/09/post_b865.html

○朝日新聞(9/21付)『NHK改革 視聴者も声を上げよう』
 ~「ここはひとつ、視聴者が大いに声をあげたい。NHKは必要なのか不要なのか。必要だとしたら、どんな組織、番組がいいのか。不祥事をきっかけに、支払い拒否という形で視聴者は意思表示をした。次は、もっと根本的な議論を深めたい。」
○読売新聞(9/21付)『[NHK再生]「不払い問題解決に一層の努力を」』
 ~「(中長期的には、法改正も含めた制度そのものの見直しも検討されねばならないが、)まずは眼前の不払い問題を解決しないと、NHKは再生への一歩を踏み出せまい」
○毎日新聞(9/21付)『NHK新生プラン 支払い督促は反発を招く』
 ~「こうした問題(公共放送の担うべき分野・規模の問題)にNHKだけで答えを出せといっても無理なことだろう。テレビを設置した人にNHKとの受信契約を義務づけているのは放送法だが、放送法の改正も含めNHKについては国会できちんと論議し、抜本的な改革プランを国民に提示すべきだ。」
○産経新聞(9/23付)『NHK新生プラン 公共放送の「原点」に返れ』
 ~「視聴者に支持されてこそ成り立つ公共放送の責務と存在意義とは何だろう。不払い防止に法的措置を考える前に、NHKは今一度その原点に立ち返るべきではないか。」
○日経新聞(9/23付)『NHKの「新生プラン」に欠けるもの』
 ~『問題はそもそもプロデューサーの制作費着服が発端であり、社内体制を改める前に「不公平是正」を理由に法的措置を検討することには疑問を禁じえない。むしろこれを機に地上デジタル放送時代に見合う公共放送の姿を考えるべきである。』

以上が、各紙の見出しと結論めいた部分の抜粋である。

もう少し細かく見ると次の通りである。

○朝日新聞
・視聴者第一主義⇒悪くないが、具体性に乏しい。内外意見聴取は評価しうる。プランの内容についても必要。
・組織のスリム化⇒収支好転には当然のこと、チャネルのいくつかの返上も必要。
・受信料の公平負担(裁判所を通じた支払督促)⇒不払い者側の反発必至、完全解消疑問。
・特殊法人維持⇒NHK不要論、民営化論のなか、説得力ある説明必要。
○読売新聞
・スリム化⇒不祥事の続発→受信料不払いと云う構図から見て、当然の措置。但し、番組の質の低下や災害情報などの公共放送の役割に手抜きの発生は駄目
・支払い督促⇒督促の実効性、手続き費用の問題、視聴者の受け止め方などの万全の事前調査必要
○毎日新聞
・支払い督促⇒「コスト的にも見合うか疑問視されている」。実行に移すか曖昧(心理作戦)は逆効果(視聴者の怒りの増幅)
・公共放送の担うべき分野・規模の問題⇒減収を食い止めても解決しない。
○産経新聞
・組織や業務の大幅な改革・スリム化⇒評価できるが、根幹の問題(不払い増加)の解決疑問
・公共放送としての経営の透明性確保に問題
 NHK予算⇒国会承認事項だが、予算執行内容の議論なし。情報開示が不十分。
 「子会社・関連会社組織の不透明さも問題視されている」
・経営監視機能⇒「自主自立」に疑問、第三者機関の創設などの検討。
○日経新聞
・支払い督促⇒実質的不公平是正に疑問
・問題点1⇒硬直的受信料、BS放送の付加料金は実質値上げ。
・問題点2⇒公共放送としての体制(大型娯楽番組への巨額な受信料充当に国民は疑問)。
・BBCの例⇒多チャンネル化に向け公共放送とは別の営利放送部門を設けた。
・廉価な制作手法や新しい放送手段の導入により、受信料一辺倒の経営体制を改めてほしい。

以上、読売新聞がNHK「新生プラン」擁護、朝日新聞が曖昧だが擁護寄り、毎日新聞が曖昧だが批判的、産経新聞、日経新聞が批判的と云う感じだろうか。
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<NHK問題の整理>
1.不払い問題~NHK内部の不祥事に端を発したものである。そもそも「公平負担」の問題ではない。
⇒不祥事防止についての解決策が十分か。第三者機関の設置等はどうなのか。
⇒不祥事前不払いについてはどうするのか。
⇒問題2が解決しない状況での督促は果たして正当か(支払い督促等のコストはどうするのか)。
2.公平負担問題~予算・決算の在り方、料金設定の在り方、公共放送の番組内容の在り方等の問題である。
⇒予算審議が機能しているのか(グループ企業への投資等は放送法上問題ではないのか等)。
⇒経営内容の開示が十分か(番組制作・購入コスト、間接経費、親子間取引実体等不明)。
⇒現在の受信料水準は妥当なのか(公共放送に必要な番組とは何か)。
3.体制の問題~公共放送と云う体制を維持するのかと云う問題である。
⇒公共放送の必要性はあるのか。
⇒民営化するとすれば、どのような体制が望ましいのか。
⇒少なくともグループ企業の存在は放送法上問題であり、これらをどうするのか。

私は、テレビが映らなくても困っていないが(ラジオで十分)、国会中継、緊急時等を考えると公共放送はあっても良いと思っている(くだらない娯楽番組等は不要だと思う)。しかし、現状の受信料徴収が妥当かどうかは誰も判断できないのではないだろうか。客観的な不祥事回避体制の確立、グループ企業も含めた予算及び決算の詳細な情報開示などを経た上で妥当な受信料が算定される等の措置がない限り、受信料支払い督促には極めて大きな疑問を感じるところである。